1 この婚約破棄シーンは飽き飽きなので 「リーシェ・イルムガルド・ヴェルツナー! 王太子の婚約者にあるまじき、陰湿な女め。今日この時をもって、僕は貴様との婚約を破棄する!!」 「はい、分かりました」 「えっ」  元婚約者となった王太子の狼狽をよそに、令嬢リーシェは一礼した。  周りの人々が思わず見惚れてしまうような、堂々として優雅な礼だ。  珊瑚色の柔らかな髪に、淡いエメラルド色の瞳を持つ美しいリーシェは、その場の注目を一手に集めていた。周囲の視線は、婚約破棄をされた哀れな公爵令嬢に向けられる類のものではない。  王太子はぽかんとしていたが、慌てたように声を浴びせてくる。 「ま、待て! 婚約破棄だぞ!? このあと自分がどうなるのか、その処遇が気になるはずだろう!?」 「いえ、そんなには」  このあとの処遇なら知っている。  リーシェは色々な濡れ衣を着せられ、国外への追放を言い渡されるのだ。家族ともあっさり縁を切られ、ひとりで生きていかなくてはならない。 (だって、もう七回目だものね)  リーシェがこの場面を経験するのは、これが初めてのことではなかった。 (これから忙しくなるわ。お父さまやお母さまの耳に入る前に荷物を取りに行かないと、家に入れてもらえないのよね。一度目と三度目は間に合わなくて、新しい暮らしの元手がなんにもなかったから) 「おっ、おい! 待て、話を聞け! お前への罪状を読み上げる台詞、1週間かけて考えたんだぞ!」 (あ、そうだ! ドレスも何着か持ち出さないと。あとはこの人生で就く職業に関係するものも持ち出したいけど、ここから家に着くまでに決められるかしら。ああもう! どうせ時間が巻き戻るなら、もっと準備期間の残された時期にしてくれればいいのに!) 「ままっ、待てえっ、リーシェ!!」  ほとんど半泣きになった王太子に、周りの人々が耐えきれずくすくすと笑い始める。  リーシェはふと思い直し、振り返った。長い睫毛に縁どられた大きな瞳が、『元』婚約者を真っ向から見据える。 「大切なことをお伝えし忘れていました、殿下」 「お、おお、そうだろう! 僕への未練の言葉が……」 「いえ、そんなわけないでしょう」  うっかり口が滑ってしまったが、まあいいか。七回も婚約破棄されていては、今更それに対してどうとも思わない。むしろ、自由にしてくれて有り難いという気持ちだ。  だから、にっこりと笑った。 「マリーさまとお幸せに。お互い良い人生を送りましょうね」 「なっ……!?」  夜会用のドレスを翻し、リーシェは歩き出す。 「な、な、な、何故まだ何も言っていないのに、僕の愛する女性がマリーだと……!?」  後ろでまだ何か喚いているが、こちらは本当に忙しいのだ。  一度目はそれなりに動揺したし、自分を守るための反論もしたが、あまりに馬鹿な答えしか返ってこないのは知っている。 (そんなことより、未来のことで頭がいっぱいだわ。今度はどんな人生になるのかと思うと、わくわくする)  過去六回の人生を振り返り、リーシェは笑った。 (私が人生を『やり直す』のも、これが七回目。どの人生も充実してたし、すごく楽しかったけど……。でも、今度こそ。今度こそ私は長生きして、自由気ままな人生を楽しむの!)  そのためには――今回の人生こそ、殺されないようにしなくては。 Vocab この 婚約 シーン 飽き飽き 王太子 婚約者 〜にあるまじき 陰湿な 女 今日 時 僕 貴様 破棄する はい 分かる 元〜 狼狽 令嬢 一礼する 周り 人々 思わず 見惚れる 堂々 優雅な 礼 Grammar は この・その・あの ので 〜め 〜を以て と の となる・となった 〜をよそに past tense 〜てしまう ような 〜として Translation 1 I'm Sick to Death of This Engagement Call-Off Scene "Liche Ilmegarde Velzner! You are unfit to be the fiancée of a crown prince, you loathsome woman. From this point forward, our engagement is off!!" "Okay, I understand." "Eh?" The young lady Liche bowed, unmoved by her now-former fiancé's distress. It was a grand and elegant bow, one that involuntarily captivated any onlookers.